巻き込まれた人たちが語る「かまくら」の魅力とは。かまくら祭り20周年記念シンポジウムレポート

巻き込まれた人たちが語る「かまくら」の魅力とは。かまくら祭り20周年記念シンポジウムレポート
2020/03/20

2020年に第20回をむかえた長野県飯山市の「かまくら祭り」。20周年を記念したシンポジウムが2月1日に開催されました。

「かまくらに関わる、つながる、巻き込まれる!?」というタイトルで、かまくら祭りを運営する地区の人たち、その周囲で関わる人たち、かまくらに興味がある人たちが集まり、「私とかまくらと地域づくり」の今までを振り返り、これからの20年をみんなで語り合う交流会・大感謝祭となりました。

この記事はシンポジウムの企画に携わり、トークセッションにも登壇した飯山市の地域おこし協力隊、佐々木里恵がお届けします。

会場となったのは、かまくら祭り会場である「かまくらの里」近くの外様地区活性化センターの体育館。ステージにあるのは…こたつ! そして客席スペースにも6つのこたつを設置。

雪国いいやまの暮らしの必需品ともいえるこたつを囲んで暖まりながら、リラックスした雰囲気で語り合えたら…という趣向です。

まずは予習ということで、かまくら祭りの20年を振り返ります

来賓の方々のごあいさつの後、参加者の皆さんに、かまくら祭りの歴史を知っていただくために、いままでの20年を振り返るプレゼンテーションが行われました。解説は、かまくら作りやかまくらの里の運営を行っている「かまくら応援隊」のメンバーで、広報を担当している服部秀人さん。

かまくら祭りのこれまで
もともとはスキー場でかまくらを作って、お客さまのおもてなしをしていましたが、やがてスキー場は閉鎖に。かまくらを冬の観光の資源にしようということで、かまくら祭りがはじまり、地区のお祭りとして成長していきました。

かまくらの作り方は、バルーンの周りに雪を積み上げていくという独特の方法がとられています。かまくらを作り、祭り会場の運営も行うメンバーによる「かまくら応援隊」が結成され、かまくらの中で地元食材たっぷりの「のろし鍋」が食べられる「レストランかまくら村」を、信州いいやま観光局と連携して営業するようになりました。雪やその土地ならではの食など、地元の資源を存分に活用した「かまくらの里」は、いまや雪国飯山の冬の風物詩になっています。

巻き込む人、巻き込まれた人たちによる「私とかまくら」トークセッション

トークセッションに登壇したのは、かまくらの運営に関わる人たちとして、かまくら応援隊の鈴木誠一さん、隊長・平井勝美さん。かまくらレディースの森山祐子さん。

かまくらにつながる人たちとして、群馬県片品村の道の駅「尾瀬かたしな」の駅長・星野重雄さん、国際ボランティア学生協会IVUSA(イビューサ) の中口真美さん、飯山市地域おこし協力隊でかまくらの情報発信を担当し、このレポート記事を書いている私、佐々木里恵。

そして、スペシャルゲストとして、長野県参与・尼崎市顧問・高知大学客員教授 船木成記(しげのり)さんに加わっていただきました。

2017年より長野県参与を務めている船木さんは、社会課題の社会化、およびその解決を目指すソーシャルマーケティングをご専門にされています。全国のまちづくり、地域づくりのさまざまな現場をご存知で、かまくら応援隊との出会いは、「長野県しあわせ信州地域づくりアワード」を、応援隊が受賞した際のワークショップでした。

実は船木さんが飯山市を訪れたのは今回が2回目。かまくらの里で、のろし鍋を食べるのは初めて。そんなお立場で、登壇者の話を参加者のみなさんに分かりやすくつなぐ役割をしていただきました。

トークセッションのテーマは「私とかまくら」。それぞれのかまくらとの関わり合いや、思うことを語りました。

後継者は? という質問に答えられず

「ヒュッテ鈴荘」を営み、スキー場でかまくらを作りはじめたのが、かまくら応援隊の鈴木さん。除雪機で雪を自由自在に飛ばすことから「飛ばしのプロ」とも呼ばれています。

現在、応援隊のメンバーは25人いて、平均年齢は70歳以上。昨年、応援隊が受賞した国土交通省の「地域づくり表彰」でのパネルディスカッションで、「後継者はどうするんですか? という質問に答えることができませんでした」と、まずはかまくら作りの持続可能性についての課題を投げかけました。

かまくらレディースの森山さんは、地区の住人として、事務局の一員として古くからかまくらに関わり、「レストランかまくら村でウエイトレスをしている、熱くて重い鍋を運ぶ力持ちのお母ちゃんたちです」と楽しそうに自己紹介。かまくら応援隊の女性部から独立して、いつの間にか「レディース」という名前になったそうです。

レディースのメンバーは10人。「楽しく和気あいあいをモットーにしています。高校生のアルバイトも来てくれたりして、年齢(と気持ちも)若返ってはいますが、もっと仲間を増やしたい。なかなか難しいですけどね」

「かまくら作りの師匠からいろいろ学びたい」片品村の星野さん

かまくらにつながる・巻き込まれた人として群馬県片品村からお越しいただいた星野重雄さんは、道の駅「尾瀬かたしな」の駅長を務めています。

「今日は、恩返したいという気持ちでやってきました」と話す星野さん。

昨年、かまくら応援隊が使っている、かまくら作り用のバルーンを購入し、応援隊がかまくら作りの指導に出向いたご縁でつながっています。

道の駅に作った大きなかまくらは、中でうどんを食べてもらったり、記念撮影をしたりと、お客さまに大好評だったそうです。

「応援隊のみなさんは自分の父と同じくらいの年齢なんですが、前面に出て活躍している姿に感動しています。自分たちも地域に根ざしたイベントをやっていきたいので、 弟子入りみたいなかたちで 、これからも師匠たちにいろいろ教えていただきたい」と語ってくれました。

学生ボランティアとして4年連続参加の中口さん

雪まつりやかまくら祭りの運営をサポートするため、国際ボランティア学生協会IVUSA(イビューサ)から毎年100人以上の大学生ボランティアが飯山に来ています。 中口真美さんはそのひとりで、関西大学の4年生。大阪より駆けつけてくれました。

ボランティアの行き先は自分で選択できるそうで、なんと4年連続で飯山を選んでいます。その理由は「雪のある非日常の環境が刺激的なことと、かまくら応援隊のみなさんが、巻き込みにきてくれる」ことなのだとか。

「よそ者ならではの視点で企画の提案もさせてもらっています。かまくらに色をつけてみたらどうでしょう、とアイデアを提案してやらせてもらったり。自分たち学生のつたないアイデアを採用してくれることがすごくうれしくて、楽しくて何回も来てしまいました。まるで麻薬みたいな(笑)

「麻薬」という表現に、会場からどよめきが!

「あなたにとってのかまくらを一言でいうと?」の質問には、「大学4年間のすべてです!」という熱いコメントもいただきました。

かまくらの、麻薬みたいな魅力って?

船木さん「聞き捨てならない言葉を聞いたのですが(笑)。麻薬みたいな魅力って、どうやって醸し出しているんですか?」

平井隊長「学生さんたちとの交流を大事にしてます。かまくらでは、来た人を拒まずです。実際、学生さんたちの力をいただけないと祭りの運営が成り立たないという面もありますし(あくまでもまじめ)」

鈴木さん「かまくらに色をつけるのはイヤだったんだけど、夜になったらすごくきれいだったので認めました(ニヤリ)」

船木さん「外の人や若い人の意見を地域で受け入れることって、実は難しいことだと思うんです。この外様地区の人々がオープンな感じなんですか? それともかまくら応援隊がそうなんですか?」

平井隊長「この地区もそうなんですが、雪国の人は心が温かいというか。私はそういうことだと思います。来てもらった人には、とにかくかまくらを楽しんでいただきたいという気持ちでがんばってます」

船木さん「雪国の特徴ですか。星野さん、かまくら作りの指導の時はどんな感じだったんですか?」

星野さん「教えてやるぞ! といった感じがまったくなくて。フレンドリーないい雰囲気で教えてもらってありがたかったです。やさしいって言葉につきると思います」

かまくら応援隊のチームとしての豊かな力

私、地域おこし協力隊の佐々木がかまくらに巻き込まれたきっかけは、とある方から「インターネットで情報発信してあげて」と頼まれたことでした。

取材をしているうちに、かまくら応援隊それぞれのメンバーのかまくら作りに対する情熱や、楽しそうに活動している姿、それぞれが自分の得意なことや役割を把握して動いているチームワークの良さや力強さに魅力を感じ、自らどんどん巻き込まれていきました。

船木さん「指示命令系統があってトップが仕事を割り振るのではなく、みんなでやると楽しいよねという感じで「これだったら自分ができる」とか「これが自分の役割なんだな」と、一人ひとりが自分で考えて動いていくというチームなんですね。実は、これって、経営学や組織論で最近注目されている「ティール組織」に近いと思います。かまくら応援隊はチームの力が豊かなんだなと思いました。

応援隊や地区のみなさんが持っているあたたかさ、やわらかさやオープンな感じ。雪国だからというのもあるのでしょうか。村のこととか地域のことってみんなで力をあわせないとできないことが多いですよね。

都会はお金で自分のことを全部やるわけです。以前に老後あと2千万円ないと大変、ということが話題になりましたが、あれは都会の人が老後に生きていくために2千万円でサービスを買うっていうことなんですよ。

地域では関係性の中で、お金を払わなくてもできてしまうことがある。関わる力、巻き込まれる力があって、そういうチームがつくる場だからこそ、かまくら作りが20年続いてきたんだなぁと思います

グラフィックレコーディングで、その場ですぐに振り返り

船木さんのご紹介で、グラフィックレコーダーの後藤恵里香さんにも名古屋からご参加いただき、トークセッションの内容をライブで描いていただきました。その内容がこちら。

その場ですぐに振り返りができてすばらしい! 画像はクリックして拡大してご覧いただけます。

参加者同士でかまくらについて語る、ワールドこたつカフェ

トークセッションの後、参加者がグループ分けしてお話しをする「ワールド“こたつ”カフェ」が行われました。

ワールドカフェとは、カフェのようにリラックスした雰囲気の中、小グループでお互いの意見を否定をすることなく、テーマに沿って話し合いをする手法のこと。

こたつを囲み、きのこ汁、野沢菜漬け、「どぶろく・かまくらの里」を飲みながら、それぞれのかまくらとの関わりや、かまくらのこれからについてなど、自由気ままに話しながら交流してもらいました。

シンポジウムを終えて、思ったことは?

参加者それぞれが思いを語り、人の思いを聞くことで、 かまくらとの関わりを見つめ直したり、気づきを得る機会になったのではないでしょうか?

中口さんに聞いてみました。

当日はこたつが満席で、かまくら応援隊の方々以外にも、こんなにも多くの方がかまくらの里に関わっていることに驚きました。
いつも、「先のことなんてどうでもいい。俺らが楽しくお酒飲みながらかまくら作れたらいいんだ」って笑っている応援隊の方々の想いに触れられたことがとてもよかったです。

かまくら祭りは、多くの観光客を迎え入れる飯山市の看板イベントでありながらも、地区のお祭りでもあるというアットホームな祭りです。この飯山市ならではのお祭りをさらに持続的なものにし、盛り上げ飯山市の活性化に繋がればという思いでボランティアに挑んでいます。

毎年ボランティアから帰る時、
「1年後、5年後、10年後、かまくら祭りはどうするんですか?」って質問をすると、
「明日明後日生きてるか分からないのに、1年後、5年後なんてわかるわけもない」と豪快に笑ってかわされていました。

かまくら祭りは、実行委員、応援隊の方が中心となって催されていますが、毎年地元の方も来られて存分に楽しんで帰られて、立派なみんなのお祭りになっています。
なので、このままではいけない。
この唯一無二の応援隊の方々の思いの詰まったお祭りを無くしてはいけない。
もっと後継者問題について考えてもらわないと。というのが初めて飯山から関西へ帰った時の思いでした。

そこから私は、飯山市のどこにも属していないよそ者だからできること、若者を巻き込むことを考え続けました。

結果としては信州大学のわっしょいさん、地元の小学生とのペットボトル灯篭づくり、応援隊とIVUSAの学生との慰労会、IVUSA全隊員によるかまくらの里訪問、かまくらの里で家族写真(応援隊、雪まつり実行委員、イビューサ)を撮ることができました。

根本的な後継者作りをすることはできませんでしたが、
かまくら祭りのファンをたくさん作ることはできたと思います。
これからはかまくら祭り、応援隊の方々のファンとして飯山に帰り続けたいと思います。

中口真美さん

かまくら応援隊、服部さんのコメントです。 

私はコタツでの皆さんのお話を聞きながら、ゆるい頑張りで、できることをやっていけばいいのだな、と感じました。
「無理をせず、楽しく」が、持続可能なかまくらの里への取り組みで良いのでは、と思います。 かまくらの里が持続できるように・・・ 3つのn 「natural normal neutral 」「出来るとこまで」 「頑張らない」 「楽しめているか」 こんなことを考えながら、ノンビリやっていけたら〜

服部秀人さん

この冬は暖冬の影響で雪が極端に少なく、ダンプカーで雪を運び込んでのかまくら作りが行われました。そんな逆境でも慌てることなく、「訪れる人に楽しんでもらいたい」という思いで粛々とかまくらを作り、あの手この手でお客さまをもてなす、楽しそうなかまくら応援隊の姿がありました。

東京から飯山に移住した私にとって、それは雪国ならではの力強さに感じました。地域おこし協力隊として関わることは、今年で最後になりますが、来年も情報発信をし、かまくらのファンをつないでいくことで、私自身も楽しみつつ、関わっていきたいと思っています。